主要ポイント
- インバウンド再開後、観光の労働需要は全体的に増加し、観光以外の労働需要は微減でした。結果、インバウンド再開前にあった観光関連の求人の成長率とそれ以外の求人の成長率との差が、再開後には縮まり、インバウンド再開及び全国旅行支援割は観光の労働需要を押し上げたと見られます。
- 観光の労働需要は、人気の観光市区町村より、それ以外の地域で増えており、求人掲載の回転率及び求職者の関心度合いに依存しています。
- 求職者の観光関連の求人への関心は、9月中旬から10月中旬まで早いタイミングで増加しましたが、その後は増加しませんでした。人気観光市区町村とそれ以外の市区町村では、人気観光市区町村での求職者関心がより高く、かつ9月中旬から10月末までの期間では人気観光市区町村での関心がより上昇しやすい傾向でした。
- 観光・宿泊施設がより採用へ結びつけるには、求職者側の関心と求人掲載の時期のギャップの縮小や、人気観光市区町村でない地域でも労働需要が見込まれることの認知を上げることが重要です。
求人数がパンデミックから全体的に回復している中、ホスピタリティ・観光の職種カテゴリにおいても、2022年9月末まで徐々に求人数が増加してきました。本分析では、10月からのインバウンド本格再開に伴い、観光の消費需要が大きく見込まれるところ、観光関連の求人掲載が更に増えてきたか、そして求職者側の関心はどのように遷移したかを確認します。
インバウンド再開後、観光関連の求人は、それ以外の求人より平均的に高い上昇率で伸び
Indeedの求人の職種カテゴリ「ホスピタリティ・観光」には、ホテルや旅館などの宿泊施設スタッフや旅行プランナー、空港スタッフ、ツアーガイドなどの観光に関わる職種が含まれています。以後この職種カテゴリを「観光関連」と呼び、分析の対象職種とします。
インバウンド開始時期及び全国旅行支援割開始時期の10月11日を境に前後数ヶ月の期間で、Indeed上の求人データを確認しました。観光関連の職種を除いた求人は、12月9日時点で、パンデミック前の水準(2020年2月1日)から44ポイント上昇し、インバウンド再開及び全国旅行支援割開始後から0ポイントとほぼ変化していない状態です。それに対し、観光関連の求人はパンデミック前の水準から42ポイントの上昇ですが、インバウンド再開及び全国旅行支援割開始後からは12ポイント上昇しています。このことは観光関連の求人数がインバウンド再開後より上昇してきていることを示します。結果、インバウンド再開前では観光関連の求人とそれ以外の求人の成長に差があったのに対して、再開後はその差が縮まっています。
同様に、掲載されてから7日以内の新規求人に絞った場合においても、観光関連の求人は12月9日時点で、インバウンド再開及び全国旅行支援割開始後5ポイント上昇し、観光以外の求人の変化率(インバウンド再開及び全国旅行支援割開始後33ポイント減)を大きく上回っています。
観光関連の求人の関心は9月中旬から10月中旬まで増加傾向であったが、その後増加せず
次に、求職者側の関心を見るため、求職者が観光関連の求人をクリックした割合及びその成長率を確認しました。インバウンド再開前の9月13日から少しずつ関心が増え10月19日まで増加傾向(図表中灰色領域)でしたが、その後は増えていません。求職者がインバウンド再開前から興味を持って前倒しで動き、11月前に求職活動を終えた場合も多くあることが考えられます。
人気観光地別の求人及び求職者関心の状況
観光関連の求人を人気観光地別*に見るとどうでしょうか。
*人気観光地の定義は、2018年から2020年までの、ブランド総合研究所による「市区町村別観光人気ランキング」に入っている市区町村を表す。詳細は、「方法」を参照のこと。
観光関連の求人及び新規求人のトレンドを、人気観光市区町村とその他市区町村に分けた結果、その他市区町村の方が人気観光市区町村よりもインバウンド再開後求人が伸びていることが確認されます。これは、人気観光市区町村の方が労働需要が大きいという仮説と一見矛盾しているように見えるかもしれませんが、観光人気市区町村の求人の方がターンオーバーのサイクルが早い、つまり求人を出せば埋まるタイミングが早く、その結果求人を閉じやすい傾向があると考えられます。
その傾向を支持する観点がいくつかあります。第一に、新規求人において、9月のインバウンド再開前の求人上昇スピードは、相対的に人気観光市区町村の方が高く、9月下旬から大きく減少する点です。8月のお盆や夏休みでの消費需要から落ち着いた後に、インバウンドの更なる消費需要を見込んで求人を出し、それが埋まったため減ったと見られます。第二に、求職者の関心を見ると、その他市区町村よりも観光人気市区町村の求人に一貫して関心が高く、かつインバウンド再開前から10月19日まで観光人気市区町村の求人の関心がより上昇し続けていたことが見て取れます。そして、灰色領域で示している9月中旬から10月末までの間、求職者関心の伸びは、観光人気市区町村とその他市区町村の間で差が生じていることが確認されます。
観光人気市区町村は、都道府県の主要都市であることが多く、そもそも求職者にとって相対的にアクセスの良い地域が多いと言えます。そのため地理的なアクセス容易性は、確かに求職者の関心の水準の差に影響しますが、各地域のクリック数全体も地理的なアクセス容易性が影響しているため、各地域のクリック数全体で割ったクリック割合は、概ね地理的なアクセス容易性の違いが考慮された指標です。
更に、アクセス容易性以外の影響を見るには、地域カテゴリ間の求職者関心の水準の差ではなく、求職者の関心のスピードが、時間を通じてどのように遷移しているかを確認することが重要です。クリック割合の成長率は、その意味で求職者の関心のスピードを表します**。
**計量経済学の文脈では、地域固定効果の影響を除外するため差分をとった値を利用することに対応
クリック割合の成長率を見ると、9月中旬までの関心のスピードが観光人気市区町村とそれ以外で変わらず、9月中旬から10月末までで差が生じ、その後はまた変わっていないことが確認されます。すなわち、インバウンド再開前後3週間で、インバウンド再開、全国旅行支援割及びそれらの求人への影響について、観光人気市区町村とその他市区町村で認知・関心のスピードに差があることを示唆します。同期間に関心が大きく上昇しなかったその他市区町村においては、その他市区町村でもこれらイベントによって観光消費需要が十分見込まれることを求職者側が認知していなかったり、求職者にとって魅力ある求人となっていると感じられなかった可能性があります。従って、その他市区町村に位置する観光・宿泊施設においては、そのような情報を求職者に積極的に宣伝する等によって求職者の認知・関心を高める余地がまだあったと示唆されます。
インバウンド再開よりも前に、求人あたりの求職者関心がピークとなる観光地は比較的多い
人気観光地において、2022年9月から11月の間に、求人数あたりのクリック数がピークになる時期を確認しました。その結果、インバウンド再開後しばらくしてからというよりは、インバウンド再開前の時期により関心が集まる観光地も多いことがわかります。このような観光地にある観光・宿泊施設においては、求人の掲載時期をより早くすることによって、他の求人との競争が激化する可能性もありますが、他方で求職者により応募してもらう機会が増える可能性が期待できます。
結論:インバウンド再開後及び全国旅行支援割実施後に観光の労働需要は徐々に増加傾向であるが、求職者の応募時期を考慮した求人掲載や求職者への認知・魅力の底上げが重要
パンデミックから回復し労働需要が徐々に増加してきた中で、インバウンド再開後には、再開前に比べて観光の労働需要は更に増加し、観光以外の労働需要は微減でした。インバウンド再開及び全国旅行支援割は、観光の消費需要を引き上げ、その結果、観光の労働需要が上がり、雇用創出に繋がったと見られます。
他方、求職者の関心はインバウンド再開よりも早いタイミングで増加し10月中旬以降は増加しませんでした。また、インバウンド再開と割引施策によって労働需要が増えていることの認知・求人の魅力が、特に人気観光地でない地域において求職者側に十分伝わらなかった可能性があります。これらの原因により、採用側の期待通りに労働供給は進まなかったと見られます。
将来の消費需要が不透明な中で求人掲載の意思決定をする難しさがある一方、施策やイベントによって採用側だけでなく求職者の行動も影響しうること、そして求職者行動を見据えた求人掲載戦略がより重要になってきていると考えられます。
方法
本ブログに掲載されている求人情報は、季節調整済の求人情報に基づいています。2017年、2018年、2019年の過去のパターンに基づいて、各時系列を季節調整しています。
インバウンド再開日は、観光庁の10月11日の入国規制緩和の日を基にしています。全国旅行支援割開始日も同様に観光庁の報道を基にしています。
都道府県及び市区町村については、求職者が居住する場所ではなく、求職者がクリックした求人の勤務先場所をベースとしています。
人気観光市区町村かどうかの判別には、ブランド総合研究所による「市区町村別観光人気ランキング」(例:2020年版)で2018年、2019年、2020年いずれかに50位以内にランクしている市区町村全てを人気観光地として識別しています。パンデミックによって本来人気であっても密な地域を避けることによるランク漏れがありえるため、2020年だけでなく過去年を含めています。また政令指定都市においては区まで含めています(例:札幌市南区)。
差分の差分法等による効果検証も確認した上で、記事を展開しています。
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