主要ポイント
- Indeed上で検索される時給の平均は、2019年1月では時給1,263円から2024年1月には時給1,490円と18%上昇。
- 2023年に、勤務地として検索された都道府県別の検索時給平均は、大きい順に東京都(1,579円)、大阪府(1,530円)、神奈川県(1,528円)、愛知県(1,488円)と三大都市圏が並んだ一方、2019年からの検索時給上昇率でみると、沖縄県(33.0%)、宮崎県(26.0%)、鹿児島県(23.6%)、大分県(23.4%)など地方圏で上昇率が大きくなった。
- 検索時給の上昇率は、インフレーションが進む一方で最低賃金が低く相対的に生計が圧迫されやすいと考えられる地域ほど顕著であり、求職者は経済的なプレッシャーの中でより良い報酬を求めている傾向がある。
検索された時給は平均1,490円(2024年1月)、5年間で18%上昇
インフレーションが高まり、昨年末には予想外の景気後退に追い込まれた消費減退の中で、求職者はより高い賃金の仕事を探しています。求職者が求める加重平均の時給は、過去5年間で18%上昇しています。
求職者が期待する賃金を知ることは、労働市場の状態やインフレーションの動向を理解する上で重要です。この情報は、将来的な消費動向やインフレーション、さらには最低賃金のあり方等、賃金政策に関する議論にも役立つ可能性があります。また採用企業にとっては求職者の希望を把握する上で役立つと考えられます。
Indeedでは、求職者が仕事探しの際に、自由なキーワードで求人検索ができます。職種や雇用形態に関するキーワードで検索されることが多いですが、具体的に求める賃金(時給、年収など)の額を入力する検索も行われています。
本分析では、検索賃金の中で、時給の検索賃金の加重平均値に焦点を当てます。時給はパート・アルバイトを探す人にとって重要な要素です。またIndeedにおける時給の検索は、どの地域(勤務地)でも検索数が多いことも、分析上有用であると言えます。
2024年1月時点のデータでは、検索された時給の加重平均値は1,490円で、パンデミック前の2019年1月の1,263円から18%上昇しています。この上昇は、パートタイムの時給実績(平均)や最低賃金の上昇率(それぞれ12%、 15%)も上回ります。労働市場が逼迫し人手不足であることや根強いインフレーションの影響を受け、求職者は、より高い賃金を求めています。
Indeedにおける検索時給の加重平均値、パートタイム労働者の時給実績(厚生労働省「毎月勤労統計調査」より)、最低賃金の全国平均(厚生労働省)の推移。期間は2019年1月から2024年1月まで。ただしパートタイム労働者の時給実績については最新月である2023年12月までであり、2023年12月は速報値であることに留意。
検索時給の額が大きい都道府県は三大都市圏が中心である一方、検索時給の上昇率が大きい都道府県は地方圏に多い
勤務地として検索されている都道府県別に、2023年の検索時給をみると、大きい順番に東京都(1,579円)、大阪府(1,530円)、神奈川県(1,528円)、愛知県(1,488円)と三大都市圏が並びますが、次に沖縄県(1,461円)が入ります。2019年からの上昇率でみると、沖縄県(33.0%)、宮崎県(26.0%)、鹿児島県(23.6%)、大分県(23.4%)、島根県(23.0%)など地方圏が並びます。沖縄県はパンデミック前は検索時給が全国の中で相対的に低かったにも関わらず、大きく上昇しました。
検索時給の水準が三大都市圏を中心に高いことは、生活費の高さや企業間の人材獲得競争がより激しいことによって賃金水準が高まり、連動して高賃金を得ることを求職者が期待するためであり、想定された結果であると考えられます。しかし、それ以外の都道府県の方が、検索時給の上昇率が大きいのはなぜでしょうか。
最低賃金の伸びは、勤務地の都道府県における検索時給の上昇率に相関するものの、それが全てではない
検索時給の上昇率の都道府県間差異を説明するには、最低賃金との関係が考えられるかもしれません。
都道府県別最低賃金は、各都道府県における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払い能力を考慮して定められています(最低賃金法第9条)。すなわち、各都道府県で労働者が健康で文化的な最低限の生活を営めるよう設定されており、概ね「地域別の最低限の生活費」と捉えることが可能です。
このことを踏まえると、理論的には、求職者が期待する時給と設定される最低賃金の間には、地域ごとの生活費に基づく一定の相関関係が存在するはずです。県別の2019年から2023年かけての最低賃金の上昇率と、検索時給の上昇率を比較すると、最低賃金の伸びが大きかった(小さかった)地域ほど、検索時給の伸びが大きく(小さく)比例しています。しかし、検索時給の上昇率(7%から33%)と最低賃金の上昇率(10%から15%)には大きなばらつきがあります。このことは、求職者の求めるものを変化させる上で、他の要因も重要であったことを示唆しています。
また、検索時給の上昇率が大きい理由として、当該都道府県内からの検索ではなく、他県からの検索が何らかの理由で急激に増えたということも考えられますが、実際にはそれが主な原因ではありません。離島で他県からの通勤が通常はなく、かつ検索時給の上昇率が最も大きい沖縄県においては、県内からの検索のみに限定した場合でも、検索時給の上昇率は29%(2019年1,088円→2023年1,403円)でした。これは他県からの検索を含む33%よりは低くなったものの、依然としてとても高い値です。つまり、検索時給上昇率に対して、他県からの検索以外に重要な要因が存在することを示唆します。
最近の都道府県別の検索時給は、インフレーションとの兼ね合いで、生計が圧迫されやすい地域ほど上昇しやすい傾向がある
最低賃金は地域別の最低限必要な生計費を反映しているとはいえ、最近の地域別の物価上昇の違いを十分反映できていない可能性があります。このため、消費者あるいは求職者にとっては、最低限もらえる賃金水準を所与としつつも、実際の物価の差異をより重視して、求める賃金水準を決めているかもしれません。
消費者物価地域差指数と最低賃金の関係を見ると、全国平均価格を基準としたこの指数と最低賃金との間には正の相関関係がありますが、一部の地域ではこの一般的な傾向から外れています。例えば、物価が比較的安い大阪府では、全国で3番目に高い最低賃金が設定されています。逆に、物価が比較的高い山形県では最低賃金が低めです。これは、最低賃金の設定が最新の物価変動を十分に反映していないことを示唆しています。
例示した大阪府のように、最低賃金が高めで、物価が相対的に安い地域は、相対的に生計が圧迫されにくい地域と見られます。逆に最低賃金が低めで、物価が相対的に高い地域は、相対的に生計が圧迫されやすい地域とも見られます。
このような地域間の「コストパフォーマンス」の良し悪しが、検索時給の上昇率に関係しているか検証しました。
その結果、相対的に生計が圧迫されやすいと考えられる地域では、相対的に生計が圧迫されにくいと考えられる地域に比べて検索時給の上昇率が平均3.4%高く、統計的に有意な差があることが明らかとなりました。
すなわち、インフレーションによって生計が圧迫されやすい地域(にいる求職者)ほど、高いレバレッジにより、時給の期待上昇率が高くなりやすいことを示唆しています。
その他、検索時給の上昇の違いに関する要因は複数考えられるものの(例:地域内採用企業間競争、外部性)、本分析では、少なくとも地域のコストパフォーマンスの良し悪しが影響を与えている可能性が高いことを示しました。
最低賃金法の労働者側の要素、すなわち生計費や賃金に焦点を当てると、この分析結果は、最低賃金政策を再考する際に、地域ごとの物価上昇率や生活費の実情をより考慮する必要があることを示しています。また、採用企業においては、現在の人手不足に鑑み、求職者が期待する賃金の程度を参考にしながら賃上げの検討をすることも重要でしょう。
方法
本分析では、賃金タイプとして時間給のみの検索を分析対象としており、月給や年収の検索は分析対象外である。
検索時給の加重平均値の算定方法は以下の通り。
- 10円刻みの値を賃金帯として、賃金帯ごとに検索数及び賃金検索数全体に占めるシェアを計算。
- 各賃金帯と上記シェアの掛け合わせで算出。
各都道府県が相対的に生計が圧迫されやすい地域どうか(コストパフォーマンスの良し悪し)の区分方法については以下の通り。
- 消費者物価地域差数と最低賃金(時給)との線形関係から導出される信頼区間を算出(ロバスト標準誤差を適用)
- 信頼区間と実際の最低賃金との差で区分判定
- 信頼区間の下限より実際の最低賃金の値が下回る場合、相対的に生計が圧迫されやすい(コストパフォーマンスが悪い)地域と区分
- 信頼区間の上限より実際の最低賃金の値が上回る場合、相対的に生計が圧迫されにくい(コストパフォーマンスが良い)地域と区分
- 実際の最低賃金が信頼区間内である場合、どちらでもない地域と区分