主要ポイント
- Indeed上で検索される月給は、物価が上昇し始めた2021年9月から2024年9月の3年間で、平均328,123円から355,032円と8.2%上昇。
- 2022年以降、物価上昇とともに求職者の賃金期待も上昇し、インフレーションが検索賃金上昇率の推移の大部分を説明している。
- 今後の検索賃金上昇率はインフレーションの規模に左右されうるが、今後もインフレーションが2%以上で続く限り、検索される賃金の上昇率もインフレーションと連動する可能性が高いと予想される。
検索された月給は平均35万5千円(2024年9月)、3年間で8.2%上昇
求職者が期待する賃金を知ることは、労働市場の状態やインフレーションの動向を理解する上で重要です。前回の検索賃金に関する記事では時給に焦点を当てましたが、本分析では正社員・フルタイムにおいて主要な給与体系である月給のトレンドに焦点を当てます。
2024年9月時点での検索された月給 (以降、「検索月給」と呼ぶ。) の加重平均値は355,032円で、物価が上昇し始めた3年前の2021年9月の328,123円から8.2%上昇しています。2024年8月は358,636円とさらに高い値を示しており、対2021年8月比では10.2%の上昇でした。この上昇は、一般労働者の所定内給与(平均)の上昇率6.2% (2021年8月: 313,184円、2024年8月(最新月):332,632円)を上回るものであり、求職者が以前よりも高い賃金を求めていることを示しています。一方で、2021年中頃までは、検索賃金と実際の所定内給与ともに全体的にフラットな傾向を示しており、わずかな上昇は見られるものの、大きな変動はありませんでした。
この検索された月給の推移は、検索された時給の推移と同様に上昇基調であるものの、検索された時給の推移と比べて、やや異なる特徴があります。
1つは、区切りの良い月給の値(例:350,000円)に到達すると、その値の付近で一定期間安定する傾向があります。この背景には、給与レンジが広がりやすい月給の検索において、求職者は区切りの良い値を指定する傾向が強いことが考えられます。
もう1つは、いくつかの期間では短期的に下落することがあることです。これには、例えば、一般労働者の所定内給与(平均)の値の上下理由と同じように、季節性の問題が考えられます。本分析では基本給を対象としていますが、ボーナスがある月かどうかで基本給の推移も影響してしまうことから、基本給に対しても季節性があると考えられます。その他、興味深いことに、2020年5月から一定期間、検索された月給の推移が下がっていたことが確認されます。これはコロナ禍における第一回緊急事態宣言期間中で、経済活動が制限される中、労働者側がより高い賃金を希望しづらい、交渉力が弱い立場にあったことが影響していると考えられます。
興味深いことに、検索月給の上昇率はインフレーションとかなり近いトレンドを示す
賃金の期待の高さは、本来労働市場の逼迫程度やインフレーションのみならず、求職者自身のパフォーマンスやスキルの自己評価、関心のある職種の市場価値の向上とも関係します。従って、理論的には、検索月給が1つの要素のみと強く連動するとは限りません。にも関わらず、結果として、検索月給の上昇率は、興味深いことにインフレーションのみで多くが説明されるようです。
CPI(消費者物価指数)と検索月給の上昇率(前年同月比 3ヶ月移動平均)を比較すると、特に2021年以降、両者が重なるように推移していることがわかります。2022年より前はデフレの状況であり、2022年からようやく物価が上昇し始め、2023年1月にCPIは4.3%とピークに達しました。その後は緩やかに鈍化し、2023年で多くの月で3%台を維持、2024年9月時点で2.5%となっています。同様に、検索月給の上昇率においても2022年から顕著に上昇し、2022年後半から2023年12月までの多くの月で3%台で推移しました。2024年に入ってからは上昇率が鈍化し、2%前後で推移するケースが増え、2024年9月時点で1.8%を示しています。
一方で、一般労働者の所定内給与における名目賃金上昇率は上昇傾向ではあるものの、2022年及び2023年では、CPIや検索月給ほど高くはありませんでした。そして最新の2024年8月のデータでは、2.7% (3ヶ月移動平均値)と遅れてピークを迎えつつあります。実際の給与は、企業の意思決定が影響するため、上昇率の水準やタイミングに差が出るのは自然なことです。重要なことは、求職者の賃金期待の方が、インフレーションに即時に反応しやすいという点です。
最後に、2020年ではCPIと検索月給の上昇率(前年同月比 3ヶ月移動平均)が重なっていないことについて、言及した方がいいかもしれません。2022年から物価が上昇し始め、それと検索月給が連動し始めたことを考慮すると、それより前の期間では、両者の関係がより弱かったことを示唆しています。これには様々な理由が考えられますが、例えば、2020年、2021年前半は新型コロナウィルスによるパンデミックがまだ深刻であったため、賃金への期待が低下し、求職者の交渉力が弱まったと考えられます。あるいは、2019年10月の消費税10%への引き上げが、第一回緊急事態宣言(2020年5月)が始まる前まで、求職者のインフレ期待及び賃金の期待を押し上げていた可能性もあります。
今後の賃金上昇期待は、インフレーションの規模に左右されるが、インフレが2%以上で続く限り、検索される賃金の上昇率も物価と連動する可能性が高い
過去数年間の動きを踏まえると、検索賃金(時給・月給共に)の上昇率は物価上昇率と密接に関連しており、その関係性の多寡は物価上昇タイミングや規模に依存しているように見えます。特に、物価がさらに上昇する局面や、インフレーションが2%以上で推移する場合、賃金上昇期待も高まりやすい傾向にあるので、今後も両者が連動する可能性が高いでしょう。
一方、仮に今後物価上昇率が鈍化し1%以下等の低い水準におさまった場合、検索賃金上昇率は物価上昇率と同様に鈍化する可能性もある一方で、物価上昇率との関係性が薄れ、インフレーションとは別の理由(例:仕事の成果における個人の自己評価、関心のある職種における市場価値の向上) によってインフレーションとは異なる動きを見せる可能性も十分ありえます。
しかし、今後エネルギー価格が政策反動で上昇する見込み等を考えると、今後も2%程度のインフレーションが続くと予想されます(参考:日本銀行「経済・物価情勢の展望」(2024年7月))。そのため、全体的には、今後も検索賃金上昇率が物価上昇率と連動し続ける可能性の方が高そうです。
方法
本分析では、給与体系として月給のみの検索を分析対象としています。
検索月給の加重平均値の算定方法は以下の通り。
- 1万円刻みの値を賃金帯として、賃金帯ごとに検索数及び賃金検索数全体に占めるシェアを計算。
- 各賃金帯と上記シェアの掛け合わせで算出。
検索月給におけるサンプルサイズは、検索時給と同様に、十分なサンプルサイズが確保されています。Indeed上で求人を検索する際には、最低希望月給を選択指定することも可能であり、より大きなサンプルサイズを有する同データとも付き合わせた検証も実施しました。その結果、検索月給の加重平均値は最低希望月給と同じトレンドを示していることが確認されました。これは検索月給の加重平均値がサンプルサイズを十分確保し市場の代表性があることを支持している結果です。検索時給についても同様の傾向が確認されています。
また、都市部かどうかによって、検索月給のトレンドが変わりうるのか、すなわちインフレーションが主要な要因にならない可能性があるのかについても検証しました。例えば、三大都市圏(東京都・大阪府・愛知県)で仕事を探すに当たっては、求職者自身の能力の期待や仕事の機会の多さなどが賃金の期待に有効に働き、インフレーション以外の他の要因によってより説明されうるかもしれません。しかし三大都市圏と全国の検索月給の推移を見ると、水準が異なるだけで、トレンドは両者でほとんど変わらないことがわかります。この結果は、どの地域であってもインフレーションが大きな要因であることを示唆します。